和気清麻呂も行おうとした大和川の付け替え

omura 2017/10/13

和気清麻呂も行おうとした大和川の付け替え

9月23日、柏原市立歴史資料館にて安村館長による大和川講座「和気清麻呂の付け替え工事」が行われました。場内は歴史ファンの方々で満員の状態。歴史への思いはもちろん、安村館長への信頼も感じるような熱気を感じました。

 

今回のテーマは「和気清麻呂の付け替え工事」。

和気清麻呂も行おうとした大和川の付け替え

 

もともと、個人的に柏原にある鐸比古鐸比賣神社と岡山の和気神社が、同じ鐸石別命(ぬでいしわけのみこと)を祀っていることを知っていたこともあって、和気清麻呂という人物に関心がありました。個人的にはそれが今回参加の目的。

 

和気清麻呂も行おうとした大和川の付け替え

 

長岡京遷都の頃、上町台地を横切り、今の平野川付近に流れていた大和川(当時の河内川)を付け替えようとしましたが、途中で工事は中止となってしまいました。付け替えの目的は、洪水以外に当時合流していた淀川の治水のためもあったのではないか、ということです。

 

その名残りの高低差を、かつての地図や現在の写真とともに示していただきました。「河掘」という地名もその由来とされています。

 

和気清麻呂も行おうとした大和川の付け替え

 

道鏡の「宇佐八幡宮神託事件」のこともあり、和気清麻呂という人物は、特に明治以降 尊敬の対象にもなっていたたそうで、昭和5年には十円札の肖像にも用いられています。

 

が、それだけではなく、長岡京や平安京造営など様々な土木事業にも関わったことが大きな業績と認められています。柏原の町で和気清麻呂がどれほど関わっていたのかは謎だらけですが、非常に興味深いお話でした。(堅下小学校の校歌にも和気氏の言葉があると、その後、別の方から教えていただきました)

 

館長と学ぶ大和川講座、次回は「天井川となる大和川」。10月28日(土)13時30分~15時から柏原市立歴史資料館資料室にて開催されます。 

 

(参考リンク)

和気清麻呂の大和川付け替え1」「和気清麻呂の大和川付け替え2」「和気清麻呂の大和川付け替え3」「和気清麻呂の大和川付け替え4」 いずれも「柏原市文化財課」ページ

 

(追記)

なお、この話に関連して、館長は「渋河道」という聖徳太子時代において築かれた道(現在の国道25号線、市外から天王寺付近に至る前の直線道路にその名残が見られる)についてのお話もされました。

 

この説明の際、安福寺で見つかった「夾紵棺」(きょうちょかん)についても少し触れられました。「夾紵棺」(きょうちょかん)については、本日(10月12日)にNHK「歴史秘話ヒストリア」において放映されます。どれだけ放映される内容になっているかは未定ですが、予告編では少し映っていますので、関心のある方はご覧下さい。

 

「安福寺所蔵夾紵棺」「柏原市文化財課」ページ

http://www.city.kashiwara.osaka.jp/docs/2016110100057/

 

 

 

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