「近世・近代の柏原の鉄道」の歴史を学ぶ

omura 2018/03/23

近鉄道明寺線

 

明日(3月24日)開業120周年を迎える近鉄道明寺線。柏原駅においては柏原市制60周年の記念行事として、近鉄・柏原市協力による行事が予定されています。詳細は下記ページをご覧下さい。

 

「記念列車が走る!近鉄と柏原市のコラボイベント開催」
http://www.city.kashiwara.osaka.jp/docs/2018021900023/

 

その他、関連する町歩きも予定されているそうで、こちらでは、2月7日(水)に開催された「おいな~れ塾・『近世・近代の柏原の交通』」(主催:柏原おいな~れガイドの会) の模様をご紹介します。

 

「近世・近代の柏原の鉄道」の歴史を学ぶ

▲昔からMac派の石田さん

 

 

講師は、柏原市教育委員会文化財課の石田成年さん。ご自身も大の鉄道ファンということもあり、普段以上のマニアックさで追求されている貴重なお話を聴くことができました。講座室には50名ほどの人で満席状態に。

 

まず、石田さんから配布されたのが、柏原にちなんだ「鉄道クイズ」。

「近世・近代の柏原の鉄道」の歴史を学ぶ

 

 

歴史的な話はもちろん、「鉄道唱歌で歌われている寺院名は?(※1)」「亀の瀬の地すべりについての記述がある文学作品は?(※2)」「JRおおさか東線高井田中央駅からJR関西本線高井田駅までの最短距離の運賃は?(※3)」など、なかなか認知されていないような話や、柔らかいネタも含めて20問出題されました。(答えは最後に掲載)

 

その後、石田さんがまとめた年表により、明治の大阪鉄道(現在のJR関西本線)、河陽鉄道、河南鉄道(現在は近畿日本鉄道)などの歴史の振り返りに。

 

「近世・近代の柏原の鉄道」の歴史を学ぶ

 

今回話題となっている近鉄道明寺線については、そもそも明治31年(1898年)3月24日、大阪鉄道と柏原で接続する形で柏原~古市間を直通で、河陽鉄道において開業したものでした。

 

その後は経営状況から河南鉄道に承継され、現在の河内長野や布忍、天王寺(大阪阿部野橋)などを結ぶことで事業が拡大されるにつれ、非電化・単線であったこともあって、道明寺線は次第に支線のひとつとなっていきます。(※明治33年大阪鉄道→関西鉄道へ 大正8年河南鉄道→大阪鉄道へ名称変更)

 

さらに昭和4年には、今の近鉄奈良線を中心に開業していた大阪電気軌道(明治43年開業)への吸収合併により、現在の近畿日本鉄道へと進んでいきます。そのような歴史を振り返りながら、「近鉄道明寺線は近畿日本鉄道のなかで最も古い路線である」との説明がありました。

 

 

「近世・近代の柏原の交通」

▲なぜか4両編成(石田さん撮影)

 

「近世・近代の柏原の交通」

▲柏原南口付近からの橋梁のつくりについて

 

その名残が柏原市内の線路沿いの町並みや大和川を渡る橋梁、また河陽鉄道が建設した玉手山遊園地(玉手山公園)の音楽堂にも存在しています。(※煉瓦積みの話はこれまでも亀瀬隧道などでご紹介しているので、ここでは割愛します)

 

「近世・近代の柏原の鉄道」の歴史を学ぶ

▲玉手山公園の音楽堂に残る「河南鉄道」の名残

 

 

その他、柏原市にまだ残されている貴重なトンネル(芝山隧道)、亀の瀬地すべりの影響で大和川を斜めに渡る橋梁、河内堅上駅の建造物など、内容盛り沢山の内容に。

 

「近世・近代の柏原の鉄道」の歴史を学ぶ

「近世・近代の柏原の鉄道」の歴史を学ぶ

「近世・近代の柏原の鉄道」の歴史を学ぶ

 

 

また、関西本線にて湊町(JR難波)から東京駅まで直通で乗れた「あすか」のお話なども、ご自身のお父様との思い出話も交えながら楽しくお話を聴かせていただきました。

 

「近世・近代の柏原の交通」

 

明治以降の柏原は鉄道の敷設も大きな要因となって栄えたこともあわせて、その濃密な講義内容に受講者の皆さんが真剣にメモを取り、スライドへ食い入るように視線を注いでいる姿が印象に残りました。

 

 

 

クイズの答え)
※1 道明寺
※2 谷崎潤一郎「旅のいろいろ」(ほんの一節だそうです)
※3 300円

 

 

 

 

 

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