Column

アユの戻ってきた大和川(2012.08.20)

アユの戻ってきた大和川

「天然アユが大和川に戻ってきた」

その事実は、数年前の新聞報道などで大きく取り上げられました。また、最近の市民活動におけるアユの放流も実施されたことから、「大和川のアユ」をご存知の方もいるのではないでしょうか。

かしわらイイネットではこれらの事実をより詳しく知りたいと考え、大和川河川事務所を訪問し、大阪教育大学 長田芳和名誉教授にもご同席いただくなかで、貴重なお話を聴いてきました。

その前提に知っておかなくてはならないのが、アユの習性。

アユは川と海を行き来する回遊魚であり、春になると海から遡上します。夏にかけては成長時期にあたり、川底の石などに生える苔(こけ)などを餌として生活。秋には産卵、卵を産んだ親魚のほとんどが1年で寿命を終えることに。

 

アユの戻ってきた大和川

その卵からふ化した仔アユは、海に下りて冬を越し、また季節が変わると川へ戻ってくるというサイクルが、通常は繰り返されます。 (後述含め、図は大和川天然アユ研究会編「大和川の天然アユに関するノート」より許可を得てお借りしました)

自然豊かな昭和30年代までアユは大和川を遡上していたそうです。文献によると昭和12年(1937年)には王寺町周辺、昭和25年(1945年)には亀の瀬上流でアユ遡上の事実が確認されていたという事象も。

しかしながら、これらのサイクルが昭和40年代の高度成長期における水質汚染により、大和川では ほとんど見られなくなってしまったのです。

筆者自身は昭和40年代の生まれ。したがって、幼少期のイメージからは「大和川でアユが生息していた」という事実に、ピンと来ないものがありました。正直、フナなどの生息くらいかという、認識でした。

 

アユの戻ってきた大和川

水中の有機的な汚濁の指標となるBOD(生物化学的酸素要求量[水中の有機物を分解するために微生物がどれだけの酸素を必要とするかを示す値])について、水産用水基準では、アユの生育条件としてBOD3mg/L以下、自然繁殖の条件が2mg/L以下となっています。

昭和45年、大和川の水質は、(BOD75%値) 31.6mg/Lを記録していました。
もちろん誰もがこのような水質汚染を喜ぶはずはなく、 悪化のピークを迎えた昭和45年以降は、改善に向けた 行政の呼びかけや企業・市民の意識改革や努力が広がり始めました。

アユの戻ってきた大和川

排水の見直しや河川の清掃活動など、 各方面の長期にわたる地道な運動によって徐々にとは言え、この大和川の水質が改善の兆しを見せていくことになります。

様々な努力の結果、 大和川の水質は平成22年(2012年)にBOD75%値で3mg/L にまで改善。これは、観測がはじまって以来最も小さな値で、 平成19年頃には、アユの産卵も確認されてきたそうです。

また、これとともに並行し、アユ資源維持を願った市民活動によるアユの放流も度々「実施されてきました。(ただしアユには様々な遺伝的集団があり、放流にはその点の注意が必要。)

平成16年(2004年)春には、大和川下流域で採集したアユ3尾と、翌17年(2005年)春、河内橋付近で採集したアユ15尾の「耳石」に含まれる元素を測定した結果、
それらのすべてが、遡上してきた天然アユであることが判明しました。

 

アユの戻ってきた大和川

アユの耳石には、その成長の履歴を示す木の年輪のような部分(日周輪)があります。子どもの時期に形成された耳石の一部に、海水に存在する物質「ストロンチウム」が多く蓄積されていると、海で成長し、川へと上ってきたことが、把握できるのです。

この測定は大和川のアユが大阪湾から遡上した天然アユであることを示す、大きな発見となりました。

アユの戻ってきた大和川
▲大阪教育大学 長田芳和名誉教授によって最近採集されたアユ

 

アユは、それ程清澄な川でなくても育つ魚ですが、 かつてはその生息すら確認できなかったのですから、 「天然アユの遡上」は、水質改善の事実とともに改善に向けた多くの人々の努力も示している、と言えそうですね。

ちなみに、これらのアユが食用にできるのか、とお考えの方もいらっしゃるかも知れません。今のところ体内に蓄積された有害物質の分析は実施されていないそうなので、自己責任による行動をとっていただくしかないとのこと。資源の保護も考えると、安易な乱獲はご遠慮いただいた方が、アユにとってもいいのではないでしょうか。

現在、これまで構造的にアユの遡上を難しくしていた柏原堰堤の横には、大和川河川事務所によって、新しい魚道が設けられています。

 

アユの戻ってきた大和川
▲奥に見えるのが柏原堰堤。手前に新設の魚道がある

また、産卵にふさわしい浮き石状態の砂利底が少ないことから、大阪市立大学、近畿大学、大和川天然アユ研究会が主体となり、大和川河川事務所も協力する市民参加による「産卵場づくり(試行)」も、昨年に河内橋上流で実施されています。

これらの取組によって、産卵から遡上までの自然回遊がますます期待されるところです。

新設魚道においては、アユだけでなく、ウナギやオイカワ、スジエビ、モクズガニなども確認されています。柏原市役所北のリビエールホール内にある「ミニミニ水族館」では、この魚道で採集された水生生物が展示されていますので、興味のある方はぜひご覧ください。

 

アユの戻ってきた大和川 ウナギ

柏原に限らず、どこのまちにおいても、かつては人と川、自然が共存していました。

いくら水質が改善されたとは言え、遥か昔のような清澄さが必ずしも確保されているわけではありません。しかし、 この時代だからこそ可能な自然への取り組みもあるでしょう。柏原のまちを含め、周辺流域のまちには、少なからずそんな可能性のある環境が残されています。

取材を通して、川と海のつながりや 人と自然との共存を、これからも絶えることなく大切にしていかなくてはならないのだと、あらためて認識しました。

川のなかで様々な生き物とともに人々のふれあう姿が、 普通にある自然の光景として映るまち。努力次第ではそんな姿も決して夢物語ではないことを、アユたちが教えてくれているような気がします。

(参考・図・グラフは 大和川天然アユ研究会編「大和川の天然アユに関するノート」 より。アユの写真は大阪教育大学 長田芳和名誉教授よりお借りしました。 )