特集

70年大阪万博から50年後の未来とは?(三菱未来館の田中友幸氏をたどる)

【3/6~3/24まで臨時休館となりました】

1970年、大阪府吹田市の千里丘陵で大阪万博(日本万国博覧会)が開かれました。世界の国々、日本企業によるパビリオン(展示館)が建ち並び、のべ6400万人もの入場者が押し寄せた、国の一大プロジェクトでした。

そのひとつのパビリオンに着目した「70年大阪万博から50年」が、2月13日(木)フローラル市民大学講座で行われました。

講師は、柏原市立歴史資料館参事の石田成年さん。石田さんは10年前から70年大阪万博の資料を個人で集め、調査を行ってきました。

 

70年大阪万博から50年
▲講演する石田さん

 

50年の月日が経過した2020年、ひとつの成果としてこの講座が企画されたものです。石田さんいわく「落語で言えばネタ下ろし」となる、本人にとって初めてのお話に。時折笑いも交えつつ、楽しめる工夫で場を和ませます。

 

冒頭、大阪万博の細かなデータを示し、当時披露された「ワイヤレステレホン」「電気自動車」「動く歩道」などは、現在では日常に存在していることを説明。

その後は今日の主題、「三菱未来館」のお話に。

 

70年大阪万博から50年
▲三菱未来館は太陽の塔に向かってすぐ右の好立地に建てられた

 

石田さんが三菱未来館を採り上げた理由、それは、その制作を統括したのが柏原市出身の田中友幸氏であったからでした。

 

田中友幸氏
▲田中友幸氏は堅下村(現在の柏原市平野)出身

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omura
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かしわらイイネットの代表 兼 営業 兼 ライター。ロック音楽と石好きゆえ 転がり続けてン十年。今後はもっと地に足つけた行動をと言い聞かせる日々です。