きっかけは、昨年(2020年)7月に届いた1通のメールでした。
長く柔道衣や剣道衣など武道の製品を手がける株式会社九櫻が、新たなチャレンジとして「九櫻刺子」と呼ばれる強靭な生地を使った「マスク」と「Tシャツ」を開発。クラウドファウンディングサイトで資金を募って販売へ、という内容でした。
その後も次々と商品企画を打ち出す様子を見て、武道の歴史と伝統ある企業の新たな挑戦について一度お話をお聞きしたいと、上市にある株式会社九櫻本社を訪問しました。
▲生地を手にするのは 株式会社九櫻 三浦正彦社長 (画像提供:株式会社九櫻繊維事業部)
● 国を問わず、武道を支える株式会社九櫻のヒストリー
自然豊かな柏原は、生駒山系の山々が南北に連なり、その西側をかつて大和川が流れていました。江戸時代の大規模な付け替え工事で旧河川跡では河内木綿が栽培。それとともに関連した産業や流通が始まりました。
明治以降、外国製の安い糸が輸入されるようになってから河内木綿づくりは衰退しましたが、その街並みや文化、ものづくりの精神は今も残っています。
とりわけ繊維業として長く柔道や剣道の道衣を製造する企業が、株式会社九櫻。「礼に始まり礼に終わる」の武道精神を掲げ、この河内から日本のみならず世界へと武道製品を送り出しています。
創業は1918年。縫製業から開始して以来、生地づくりから縫製までを一貫して生産するのは同社のみです。
▲生地から縫製まで一貫して仕上げるのが九櫻の強み
戦後1947年には早川繊維工業株式会社と改称。大きな転機となったのは、柔道が初めて種目となった1964年東京オリンピックでした。日本選手団の依頼で柔道衣を提供し、その名を広く知らしめることとなりました。
▲本社に展示されている講道館柔道の創始者・嘉納治五郎の柔道衣がその歴史を表している
柔道が国際的な武道となったことで生じるルール変更にも対応と研究を重ね、連綿とつづく技術向上の結果、現在の九櫻が存在しています。
▲青のカラー柔道衣にも対応
● 世界のブランド 九櫻・KUSAKURAを社名に
「九櫻」マークの特徴である桜は、14世紀南北朝時代に活躍した武将の紋所がルーツ。日本の花でもある桜の「S」を強調したローマ字表記の国際的ブランドとしての「九櫻・KUSAKURA」の名を世界の武道家へさらに認知させることとなりました。
▲世界へ広がる九櫻・KUSAKURAマーク
創業100周年を迎えた2018年には、国際的に通用するブランドを社名にと、早川繊維工業株式会社から株式会社九櫻に変更。世界の九櫻として弛まぬ経験と技術の向上をはかり、武道の発展に貢献しています。
● 次の100年へ向けた「THE NEXT 200TH プロジェクト」
歴史ある九櫻が「次の100年へ」向けた新たな取り組みが「THE NEXT 200TH プロジェクト」。今回の「九櫻刺子」生地を武道以外のカジュアルなシーンでも体感してもらう企画です。
そこで、株式会社九櫻の繊維事業部プロジェクトリーダー桂恵美さんと吉本はるかさんにお聞きしました。
今回の企画は繊維事業部が立ち上がった2020年2月から正式に始まります。と言っても、当初は桂さんひとり。しかしながら、これは桂さん自身にとっても転機となり、九櫻の生地の良さをあらためて実感する機会にもなりました。
同社の柔道衣は刺子生地。柔道は100kg以上の選手同士が互いに引っ張り、投げ合っても安全に競技が行われなくてはなりません。それだけに生地の強靭さが問われます。
▲布を2枚重ねた二重刺子、1枚の一重刺子、菱刺子など特徴のある刺し子織り
同社の工場には古くから使用している織機があり、その強靭さをこれまでのノウハウで作り上げてきました。厚い布を2枚重ねた上に縦糸と横糸の通し方を考え、生地が織り上がっていく。素材の組成から重量、強度などの基準を満たす技術には100年企業の努力があるのです。
▲生地の風合いは、受け継がれた知恵と技術で微妙な調整までできる織機ならでは
強度だけなら最新の機械でも表現できるものの、刺子生地ではアナログな機械で作るからこそ備わる風合いも。肌に直接触れる柔道衣ゆえ肌触わりや着心地も大切にし、使い手の個性が生まれて愛着も湧き、変化することを愉しめるのです。その長く使える特徴は「サスティナビリティ」と言えます。
「強い力で引っ張っても軽々と耐える強靭さに、肌に触れての心地よさ。着用してからの馴染み感も愉しめる。このような刺子生地を作れるのが、私たち九櫻の強みなんです」
と桂さんは強調します。
● 九櫻刺子をブランド化し、他業種の企業とコラボレーション
この刺子生地を「九櫻刺子」と名付け、生地そのものをブランド化します。2枚重ねや1枚重ねの刺子生地を紹介するWEBサイトも新たに立ち上げました。→ 九櫻刺子Webサイト
▲国旗を背景に縦横の織糸を九つ配置したマークデザイン
そのうえで、これまで縁のなかった武道以外の企業へ理解を求めます。冒頭に取り上げたTシャツとマスクは、「京都紋付」とのコラボレーション。1915年創業、九櫻同様に100年以上の歴史を持つ黒染めの伝統企業です。
異業種との交流は九櫻刺子の認知度を他の業界に高めることになり、ついには「九櫻刺子プロジェクト」として、クラウドファウンディングサイト(makuake)で支援者に製品開発の費用を募るに至りました。
「当初は手探りで、クラウドファウンディングもよくわからないし、理解を得られるのも難しかった」そうですが、このチャレンジ、最終的に目標金額30万円を大きく上回る140万6千円の資金が集まったのです。
武道の九櫻を愛するファンに合わせた大き目のサイズ設定も効果があり、LLなどのサイズから売り切れていくのも特徴でした。
▲makuake におけるプロジェクトページ
ここから「九櫻刺子プロジェクト」はブルゾンやスリッパなど、次々と新たな商品を打ち出します。
最も反響の大きかったのが、2020年冬の「九櫻刺子パーカー」。試作に試作を重ね、柔道衣の「ゴワゴワ」したイメージを覆す、九櫻刺子の経年変化を愉しめる風合い。裏地をつけなくても暖かさが備わることを確認しました。
リブ袖リブ裾をつけないことで、袖や裾がよれず長く気心地よく着ることができ、九櫻のマークを活かしたチャームのデザインも好評でした。
▲「九櫻」のチャームも好評
今年の夏は、ハーフパンツとチェアークッションを開発。インディゴ染めハーフパンツは、岡山の倉敷でデニムの加工・縫製を生業にするWHOVAL(フーバル)とのコラボレーション。倉敷ジーンズを数多く手掛ける企業です。
▲夏用インディゴ染めハーフパンツ
黒染め限定で裾部分には、九櫻刺子のロゴが刺繍で入っています。刺繍は取れにくく剥がれないので永く使っても劣化しません。
ちなみに同社にはお名前や校章・国旗など細かい図柄に対応する刺繍の達人や、帯幅4.5cmの間に13本の縫いを走らせる達人がいらっしゃるそうです。そんな技を知るきっかけにもなりますね。
着用してからの「馴染み感」を大切にする九櫻刺子と倉敷ジーンズとのタッグは、まさに強力ですね。チェアークッションは、時節柄注目されるアウトドアに合わせた商品。
▲今回お話をうかがった繊維事業部プロジェクトリーダーの桂さん(右)。左の吉本さんは新しいメンバー。今後はデザイン関係を担う
次の100年を見据えたこのプロジェクト、コロナ禍前の2019年から企画されていたことを今回の取材で知りました。
「柔よく剛を制す」という言葉があります。伝統ある技術の土台があるからこそ、時代の移り変わりにも負けない、しなやかさのある「九櫻刺子プロジェクト」。未来の世代へ伝える新たな強みが、同社に備わった姿を実感しました。
(おおむら)
● 株式会社九櫻
https://www.kusakura.co.jp/
● 九櫻刺子プロジェクト(makuake)
https://www.makuake.com/member/posted/894373/