Interview

「カタシモ」だからできるワインを より広く、より深く伝えたい。(後編)

カタシモワイナリー 高井麻記子さん

カタシモワイナリー 高井麻記子さん

仕事と子育てを楽しみながら、
ワイナリーの未来を切り拓いていく。

西日本最古のワイナリーとして、上質で個性あふれるワインをつくる「カタシモワイナリー」。その5代目・高井麻記子さんへのインタビュー記事後編は、高井さんご自身にフォーカスしました。IT企業からワイナリーへの転身エピソードや、仕事と子育ての両立、そして未来を見据えた新しいアイデアなどを語ってもらいました。(取材撮影:2020年02月20日)  ※前編はこちら

 

 

東京のIT企業から家業のワイナリーへ。

− 高井さんは、最初は東京のIT企業で働いていたそうですね?

そうなんです。ワインづくりとはまったく重ならない仕事ですよね(笑)。生まれ育ったのは柏原で実家はワイナリーでしたが、就職は東京のIT企業でした。プログラミングやシステムの開発から、データベースやサーバーの設計まで、横文字の多い仕事ばかりしていましたね。

 

カタシモワイナリー
古民家を改装した「カタシモワイナリー」の事務所。情緒あふれる佇まいに、思わず足を止めてしまう。

 

 

− 柏原に戻られたきっかけは?

育休中に重い突発性難聴を起こしたんです。産後の子育てによる過労がおそらく原因でした。突然、死ぬような思いをした時に、生き方の視点が変わったんです。母親として子どもたちとの未来を考えると、「サーバーに囲まれた環境で働くのではなく、自然豊かな環境で過ごすほうがいい」と思い至りました。

 

 

カタシモワイナリー
高井さんが柏原へ戻る際に目に浮かんだのは、「生まれ育った柏原の自然豊かな風景」と言う。

 

 

− そうでしたか…。

幸いなことに、家業はぶどう栽培を手掛けるワイナリーでした。一次産業は自然とともに生きる力が得られますし、子どもたちにも教えることが多いと思っていました。そんな理由で9年前、家業に関わってみました。最初は「ダメなら他を探すか」ぐらいの気持ちでしたが、働いてみたら逃げられなくなりましたね(笑)。

 

 

− IT企業からワイナリーへの切り替えは大変だったのでは?

ワイナリーで働きはじめた当時は、自分の机もない状況からスタートでした。無我夢中で目の前の仕事に取り組む中で、ある日突然、社長から醸造を任されたんです。しかも、具体的なことは何も教えてもらえないまま(笑)。放っておくとぶどうが腐るし、もうやるしかないと。とにかく悩む間もなく実践を繰り返していたら、ワインづくりの道を自然と歩んでいました。

 

カタシモワイナリー
これまでの道のりは、「失敗も多かった」と語る高井さん。ただ、その経験がより美味しいワインづくりへの糧となり、今に活かされている。

 

 

子どもたちと一緒に「チームまきこ」で動く日々。

− さまざまな業務を日々取り組む中で、仕事と子育てをどのように両立されていますか?

両立できているかはわかりませんが、子育てでは「すべきことをする」を大切にしています。たとえば、子どもがテレビを見たかったら、洗濯する、玄関の靴を並べる、宿題も明日の準備も終えるなど、すべきことをさせています。

あとは「まだ小さいから」と子ども扱いするよりも、子どもたちができることを広げるように意識しています。4歳ぐらいからは炊飯器のボタンも子どもに押してもらうようにしています(笑)。

今はその延長で請求書の発行も手伝ってもらうようになり、子どもたちと私は「チームまきこ」として動いています。

 

 

カタシモワイナリー 高井麻記子さん
多忙な日々も「チームまきこ」として動くことで、子育てと仕事を両立する高井さん。

 

 

− お子さんたちは大活躍ですね。

そうですね(笑)。「チームまきこ」では、二人の子どもに役割分担させているのですが、それぞれ得意不得意があります。会社のチームづくりと一緒で個性を活かしながら、どうすればそれぞれが日々楽しく過ごしていけるかを考えています。

 

 

 

未来を見据え、たくさんのアイデアをカタチに。

− 今後の目標を教えてください。

ワインはぶどうの木を植えて完成するまで、最低5年はかかります。その間に何が起きるかはわかりません。思い描いていた目標に進んでいても、急に道がなくなったり、方向転換する必要が起こる可能性もあります。だからこそ一つの目標を立てるのではなく、今できることをしっかりと取り組むとともに、柔軟な姿勢を維持したいですね。

 

− 今、思い浮かべているアイデアがあれば教えてください。

SDGsという国際的な行動指針がありますが、「地球に負荷をかけない」「100年、200年を見据えてワイナリーを継続していくこと」といった点を考えていて、「共生」という視点は一つのキーワードになっていますね。たとえば、今は1,8lの瓶はリユース瓶を利用していますが、流通量の多い720mlでも取り入れていこうと思っています。

 

− 柏原の皆さんとの連携ももっと積極的に行う予定ですか?

そうですね。まずは柏原のぶどう農家さんと密に連携して、柏原全体でワインを盛り上げるような取り組みもしたいです。「このワインは、あなたの作ったぶどうからできました」「〇〇さんのぶどうを100%使用」とか。そうした「ぶどう生産者の個性の見えるワイン」も求められていると思っています。今はアイデアがたくさんあるので、その一つひとつを実現できるよう頑張っていきたいですね。

 

カタシモワイナリーの畑から
この柏原の地が再び“ワインの町”となり、面白い取り組みが次々に生まれる。高井さんの視線の先には、そんな未来が見えているのかもしれない。

 

 

 

〔取材を終えて〕

今回はカタシモワイナリーの高井麻記子さんにスポットを当て、同社のワインの特徴からデザインに対する考え方、仕事論、子育て、今後の目標など、多岐にわたるお話を聴かせていただきました。

山を登れば自然豊かなぶどう畑があり、古き町並みが残る太平寺でワイン醸造に情熱を注ぐ。そのような高井さんの姿を垣間見ることができたと感じています。

終始笑顔で語っていただいたのも印象的でした。持ち前の明るさから多彩なアイデアが生まれ、新たなワイン醸造への展望が生まれてくるのでしょう。

かしわらイイネット:大村

 

取材:大村 吉昭・黒崎 由希子・山本 さくら
構成:鈴木 寛之  撮影:山崎 裕貴