コラム

柏原のレトロ (2011.05.12)

12年前の平成11年6月25日、長引く大雨による大和川の増水により、近鉄道明寺線大和川橋梁の根元がえぐられ、いくつかが上流側に傾きました。

それによりレールも曲がり、電車は不通に。根元を固める工事が終日実施され、7月7日にようやく復旧しました。最悪の場合、橋桁そのものの架け替えも検討されたそうです。

この道明寺線のルーツ は、河陽鉄道が明治31年に柏原~古市間を開業したことに始まります。 今年近鉄は創業100周年を迎えましたが、それは創業母体である奈良軌道の設立(明治43年)を基準にしたもの。近鉄道明寺線はそれ以前にすでに開業していたので実は近鉄全線の中でも最も古い路線なのです。

柏原南口駅南の堤防上にある踏切の脇を下り、橋桁の側面を見ると、名札ともいうべき銘板(プレート)が取り付けられています。イギリスの「ダッドリー(バッキンガムの近く)」所在の「コクレーン社」が「河陽鉄道」用に作ったことを示しています。

 
「河陽」の名称は明治32(1899)年に消滅していることから、開業当初に架構されたものが現在も使用されていることがわかります。つまり道明寺線大和川橋梁は近鉄最古の構造物なのです。コンクリート製の橋桁も、内部に建設当時の鉄製脚が取り込まれています。

柏原市歴史資料館 石田成年さんより寄稿