Column

「ひとりじゃない」SHINGO☆西成が修徳学院に

 

「それは『補う』ってことなんや。わからんヤツは辞書を引いてみ」

 

古くからの風情も感じさせる多角形の講堂の白い壁には、歴代院長の顔写真がズラリ。その前で席を埋め尽くす生徒たちの真剣なまなざし。壇上でこの言葉を述べているのは教師ではない。ヒップホップMC、SHINGO☆西成。

11月22日、「あるラッパーが柏原市内にある施設を訪問する」という情報だけで筆者が招かれたのは、大阪府立修徳学院。恥ずかしながら、この施設に足を運んだのは初めて。さらに、ここで何が行われるのか、まったく知らされていない。

 

施設にいる子どもたちは様々な事情を抱え、グループ別の寮生活を行いながら、資格を持った夫婦とともに家庭的な日々を過ごしている。2013年からは院内において柏原市立桜坂小・中学校が設立され、義務教育も実施されるようになった。

 

修徳学院講堂
▲修徳学院講堂(ライヴ前に撮影)

 

関係者は皆、後方の席につき、筆者もその時を待っていた。まず生徒が入ってくる。

「こんにちは!」

はじめに入ってくる女子たちが大きな声であいさつをしてくれる。まったく見ず知らずの私たちに対し、気持ちいいほどの礼儀正しさに驚いた。遅れて男子たちが入ってきて、皆が席についた。

 


▲当日のために配布されたフライヤー(主催:柏原祭り実行委員会)

 

 

DJとともに舞台にあがったSHINGO☆西成に、10人ほどの女子たちは嬉々とした表情を浮かべている。すでに存在を知っているようだ。

「向こう三軒両隣」と、自ら長屋ラッパーと名乗るSHINGO☆西成は、長屋暮らしによる自身の生い立ちから「自分が今ここにいるのは親や近所の人たちのおかげ」と、冒頭から聴く者の心を鷲掴みにしてくる。

 

長屋と聞けば落語の世界にもあるが、SHINGO☆西成が選んだのはHIPHOP (ヒップホップ)ミュージックだ。HIPHOPはアメリカ・ニューヨークなどの都会のなかで移民系貧困層から生まれた文化。アートとともにラップやDJスタイルなどの音楽も生まれた。その根源は生まれ育った場所にある。

 

SHINGO☆西成は、自身が生まれ育った場所を名前に背負う。自らが西成のHIPHOPだと、独特の個性ある地盤で培ってきた生き様は、決して半端なものではないだろう。発する言葉が「強い」のだ。

 

「自分があるのは夜中こっそり涙を流していた親のおかげ」「今を精一杯生きる」「自分の考えを持つ」「他人を認める」

 

自然と体が踊らされそうなDJのリズムとともに、ポエムリーディング、巧みなライム(韻)による楽曲が披露されるなか、自身の経験とエピソードから生まれたいくつもの言葉が聴衆の胸を打つ。

 

筆者が印象に残ったのは「切り花の一生」という楽曲。人を喜ばせる生き様を「切り花」に例え、「今あることの感謝の気持ちを大切にし、笑顔でいたい、笑顔で終わりたい」という日々の姿勢が、DJの刻むスローテンポのリズムとともに歌われる。

 

ふと前に座る女子数人の頬や耳のあたりが紅潮していることに気づいた。目に手をやり、明らかに涙を拭っている子どもの姿も把握できた。

ここには、様々な事情があって、10年や20年先など想像すらできない現在に立ち向かっている子どもが少なくない。強くて優しい言葉の連続に、素直な反応として表れたのだろうか。

 

「おまえらの文集すべて読んだ。だからおまえら皆に会いにきたんや」と語りかけるSHINGO☆西成。筆者もあとから子どもたちの文集に目を通したが、過去や現在の自分、家族に苦悩する言葉も目に飛び込んでくる。

 

みかえり
▲文集「みかえり VOL.89」

 

 

それを「補っている」のが、修徳学院で共に暮らす寮長や教母であり、桜坂小・中学校の教員関係者でもある。大人たちも必死になって子どもたちの社会的自立へ向けた支援のなかで、日々たたかっているのだ。

 

ちなみに「優しい」という漢字の語源は、一説によると「悲しみに硬直してしまった人」を表す「憂」に寄り添う「人」を示しているとも。口調は荒々しくも聴こえるが、SHINGO☆西成の姿勢は誰にでも対等だ。

 

講演終了後、扉から退出する子どもたちひとりひとりに言葉をかけ、SHINGO☆西成は自らの写真入りカードを手渡した。全員の顔をしっかり見つめ、声をかけ、握手を交わす。

 

「また来るからな」「おもろい眼鏡かけてるな」「ライヴに来いよ」

 

照れたり、笑ったり、言い返したりと、子どもたちそれぞれの反応がまた顔に出ている。

 

見上げると、そこには「みかえりの塔」が見守るように建っていた。かつて、「学院より逃げ出そうとした二人の子どもが、寮入りを告げる鐘の音を聞き、逃げるのを思いとどまった」ことから建てられた、修徳学院のシンボルである。

 

みかえりの塔
▲みかえりの塔(ライヴ直後に撮影)

 

その後の子どもたちは変な高揚もなく、素直に「楽しかった」「また会いたい」と口々に言っていたそうだ。

 

このライブは企画段階から志ある大人たちのサポートもあって開催された。

「ひとりじゃないからな」

見えないところでも誰かが「補っている」。その言葉が多くの意味を持っていた講演とライヴだった。

 

(おおむら)