関西在住の弥生人そっくりさんが集合。大阪府立弥生文化博物館で行われた「青谷(あおや)弥生人」の記念講演でそんな一幕がありました。
鳥取県は、国史跡「青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡」から発見された人骨から弥生人の顔を復元し、2021年11月に公開しました。
復元された弥生人に「青谷上寺朗(あおやかみじろう)」と名づけ、「そっくりさんいませんか」と募集。AIアプリで選ばれた10人からNo.1を選ぶ「青谷弥生人そっくりさんグランプリ」を5月28日に行ったことで話題になりました。
▲遺跡の認知度を高めるため「青谷弥生人そっくりさんグランプリ」を開いた
さらに弥生時代・文化をの魅力を全国に発信しようと、県は「青谷弥生人」の移動展示を実施。大阪府立弥生文化博物館(和泉市)でもミニギャラリー「青谷弥生人」が展示されました。最終日の7月3日(日)には「日本海を望む弥生の村と人々」と題する記念講演が開かれたものです。
▲近くに同じく弥生時代の池上曽根遺跡もある大阪府立弥生文化博物館で
講演には、鳥取県地域づくり推進部文化財局 濱田竜彦さんが登壇。
冒頭、青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡の日本海に面した立地と、山陰自動車道付近の道路建設による発見に伴い、1998年から約3年かけて発掘された経緯説明がありました。
▲講演には約80人が参加した
この遺跡からは1,300点の弥生時代の出土品があり、漁具、中国や朝鮮半島の鉄製品や青銅器、北陸地方の碧玉や緑色凝灰岩などを使った装飾品から、日本海を通じた海上交通や漁を活発に行っていた集団がいたと考えられています。
出土品とともに、血縁関係の薄い5,300点に上る人骨が分散状態で発見されたのが、この遺跡の大きな特徴。脳も発見されるなど保存状態も良好でした。傷を負った形跡のある人骨もあったことから「争いのあとか、あるいは道義的に反した者たちに対する風習の結果と見る考え方もある」と説明。
▲出土品も多数展示されていた
今回復顔(ふくがん)された個体も脳が残存し、DNA鑑定で「父は縄文人、母は渡来系弥生人で、現代の日本人に近い」と分析。3Dスキャナも駆使し、表情筋を割り出すなどメリハリのある骨格をした復顔となりました。
▲青谷上寺朗(あおやかみじろう)と名づけられた
後半では大阪府立弥生文化博物館 禰冝田(ねぎた)館長とのトークショーも。禰冝田館長から「今回は男性の復顔だったが、女性はできないか」と質問。濱田さんは「今回の個体は情報量が多かった男性で、女性に関しては今のところ情報量が少なく復顔まで至っていない。今後可能なら」と説明がありました。
その後、4人の弥生人そっくりさんが登場。グランプリに輝いたのは柏原市の吉田さん。そのほか茨木市の春日さん、奈良県の服部さん、兵庫県の中川さんが紹介され、それぞれから感想の声が聞かれました。
▲大阪府立弥生文化博物館 禰冝田(ねぎた)館長(一番左)も参加してトークショーも
今回エントリーした10人は、もともと歴史を教えていた先生から弥生人の知識もなかった人までそれぞれ。が、グランプリの後も交友を深め、グループチャットまで作られているそうです。今回をきっかけに弥生時代の知識が深まり、広めていきたいと、皆さん一様に話されていました。
グランプリに輝いた吉田さんからは「人生が変わった」「弥生という言葉に敏感になった」の声が聞かれ、場内の笑いを誘っていました。
今回の応募にあたって弥生人になり切ろうと減量し、弥生文化博物館に通うなど学びも多かったそうです。「今後も鳥取県のイベントに呼ばれるなら、ぜひ協力したい」と笑顔で話していました。
講演のあとも、約80人の来場者とともに記念撮影。4人のそっくりさんも気さくに応じ、参加者も楽しみながら弥生時代を学ぶ機会となりました。
▲青谷上寺朗やそっくりさんも含め、皆さん撮影タイム
2012年に「かしわらイイネット」を設立。地域の情報発信をはじめSNS講座講師、各種講座の主催も担う。趣味は音楽、天然石探しなど、いずれもロック。